どうもごんざです。

友達同士のいざこざも、彼氏彼女のケンカも、先輩後輩同士の噛み合わなさも。自分にとって当たり前のことが、相手にとっては当たり前じゃない、からはじまってることは多いです。

どこからどこまでが自分にとって当たり前なの?は永遠の課題ですが、少なくともそれを知ってるだけで多くの問題は起きないんじゃないかと思う。

最近だと、夏の吹奏楽コンクールシーズンに講師としてレッスンに行った学校が、本番ごに結果の報告をしてこない、って話。

これを読んでどう思いますか?当たり前だと思いますか?どっちでもいいですか?

ぼくはどっちでもいい派です。

その当たり前、本当に当たり前?

なにをもってして当たり前なんだろう。

自分ががんばって教えたから?
先生だから当たり前でしょってこと?
レッスンしてあげてるってほんのちょっとでも思ってませんか?
礼儀だから?

 

学校の先生にはこちらの事情はわからないものです。

学校の先生は学校という限られた空間の中にいるので、私たちとはだいぶ感覚が違います。音楽家に対する理解もそこまでないです。

もちろん先生にはいろんな方がいて、しっかりと連絡してくださる方もいますし、音楽家に対して敬意を払ってくださる方もいます。でも中には諸々のことを知らない先生だってたくさんいるんです。

伝えていたのに連絡こない場合

こちらから学校の先生に「本番終わったら連絡してくださいね」って言ってて連絡してこなかったって話ならわかります。

いくら相手がバタバタしていたり、忙しかったりしても、さみしいですよね。でもこちらから何も言っていなくて本番後に連絡がこなかった場合、相手はそもそも連絡するものだと思ってもいないのかもしれません。

それを「失礼な人だな」ととるか「その程度の付き合いだったのか」と思うかはその人次第ですが、もし連絡がこなくて相手に怒りや不快な思いを持っていたのだとしたら、そこで一瞬でも相手の事情を考えてみると負の感情は和らぐのではないでしょうか。

おわりに

自分の思ってる通りコトが進まないとき、多くの場合は相手に対して期待しすぎているのかもしれません。

「〜してもらって当然」
「〜で当然」

こんな風に自分の頭の中で少しでも思っている場合、その通りにならないと不快な気持ちになります。

そのとき、相手と自分との関係性、相手がどんな人か、自分は相手に思っていることを伝えてきているのか。

こういったことを考えてみたとき、自分にとっての当たり前が相手にとっての当たり前ではないことに気づくんじゃないかな、と感じています。

目玉焼きに何をかけるかって人によって違うんじゃないですか。ソースの人も醤油の人もケチャップの人もいる。

でもそれって別にどれがいいとかないですよね。みんなそれぞれ違う。ちなみにぼくは醤油派です。

 

気持ちの良い人間関係はほんのちょっとの思いやりでつくれるんじゃないかな。ぼく自身もいつも気をつけようと思っていることです。

 

 

それではまた。

Fried egg
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ABOUTこの記事をかいた人

ごんざ ゆういち

国立音楽大学卒業。ホルン奏者。管楽器コーチ。 自身が長い間、心身ともに不健康な状態で音楽と関わってきた経験から「健康的に音楽しよう」をコンセプトに多方面で活動中。