どうも、ごんざです。

小学校の頃からよく言われてませんでしたか?

「誰とでも仲良くしましょう」って。

でも無理なんですよ。
「お互いを尊重しましょう」ならわかります。でも仲良くしましょう、というのとはまた違うと思うんです。

人それぞれ違うから

みんなそれぞれ育ってきた環境が違う。家族が違う。習慣が違う。考え方が違う。話し方が違う。見た目も違う。学校だったら同じ教室にいて隣の席に座っている人も、驚くほどあなたと違う。

そんな中「誰とでも仲良くしよう」なんて言葉、凶器ですよ。狂気でもいい。

挙げ句の果てに人と話したり仲良くしたりすることが苦手な人がいると、それが悪いみたいな感じになるじゃないですか。むしろ仲良くできないのが普通だと思うんですよ。当たり前というか。

だから、ただ「仲良くしましょう」と言うのではなくて、「お互いが違う考えを持っていても尊重しましょう」と言う方がずっとずっと、いい。

 

いろんな人がいる、ということがわかればいい

誰とでも仲良くしようっていう狂気の中、学べることって「いろんな人がいる」ってこと。

例えば人が10人いれば、あなたが何にもしてなくても1人くらいにはどうしちゃって嫌われちゃうんです。あなたが何にも悪いことしてなくてもね。そういうものなんです。「誰とでも仲良くしよう」って思ってるとそういう人とも仲良くしようって、仲良くしなきゃいけないってなると自分が傷付きます。

仲良くなれないのに仲良くなろうとしてエネルギー使う必要ないと思うんですよ。

 

それにさっきの話とは逆に、10人いれば1人くらいとは仲良くなれる。そこを大事にしていこうよ。それで十分だと思う。

 

ぼくは小学校5年の時転校した先の学校でいじめられた。誰とでも仲良くしたかったし、仲良くなれない人がいるってのもわかっていなかったから、嫌がられてるのに毎日頼んでまで遊んでもらってた。

自分がたくさん傷付いただけだったよ。無理して仲良くなろうとしたって意味ないんですよ。ある日それに気付いてやめたらすごく楽になった。ぼくの場合は1人も仲良くなれなかったけど、どれでもいいんだ。

家にこもって本読むような人になったけど、それはそれでよかったなあと思うよ。

 

なんとなく嫌われてるなあとか、なんとなくあの人とは合わないなあって感じたら「自分とはなにからなにまで違う人がいる」こう思えばOK。

そう思えば仲れ良くなれないことが普通ってわかるはずです。

仲良くなれた人がいたら、それだけで奇跡

だからこそ余計に思う。たくさんの人に嫌われていたって、一人仲良しがいるなら奇跡だよ。お互い全く違う環境で育ってきたのに仲良くなれるんだから!すごいことだ!その人を思いっきり大事にしよう。

 

その人がたった一人いればがんばれる。友達ってそういうもんだと思う。一人でもそういう人に出会えれば変われる。がんばれる。

おわりに

自分の常識が相手にとっては常識じゃない。

そういうものです。それを理解して人と付き合っていければ、うまくいかない人間関係でもそんなに悩むことなくなるよ。うまくいかなくて当たり前なんだもん。

その代わり、誰かと仲良くなれればほんとに奇跡だなって喜べばいい。

 

自分の常識が相手にとっても常識だ、って思って人と接すると、うまくいかないことがあると相手が理解できないし、自分が傷付くし悲しくもなる。

でも、そうじゃないんだよ。だから人となかなか仲良くできなくたってきにすることなんてない。

だからと言って距離を置こうと言っているんじゃなくて。

お互いが違ったり合わなかったりしても尊重していこう。

 

 

それではまた。

みんな仲良し
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ABOUTこの記事をかいた人

ごんざ ゆういち

国立音楽大学卒業。ホルン奏者。管楽器コーチ。 自身が長い間、心身ともに不健康な状態で音楽と関わってきた経験から「健康的に音楽しよう」をコンセプトに多方面で活動中。