ずっと昔から人が気にならないような細かなことが気になるおかげでずっと生きにくかった。なので、自分を守るために過去の思い出にフタをして生きてきました。

嫌なこと、苦しいこと、ツライことから自分を守るために最初はフタをしていたのに、いつのまにか楽しかったことも、大切なことにもフタをして忘れてしまっていたんです。

今の自分の音楽活動の原点となる大切なことも忘れてしまっていました。

 

ある人との出会いがなければ今の自分はいなかったんです。

学校とか実力とか関係なく仲良くしてくれた

音楽業界はなんだかんだ言って、楽器がうまいか下手かってのはとっても大切です。

音大時代から卒業後何年間も、楽器が下手で人付き合いも得意ではなかったので、あまり仲のいい先輩っていうのはいなかったのですが、大学も違って歳も離れているのになんだかとっても仲良くしてくれる先輩がいました。

普段特に連絡取り合う仲でもなかったけど、会えばなぜか腹を割って話してくださって、ベロベロになるまでサイゼリアで安いワインを飲んで愚痴りあったり。しかもその間楽器の話は一切しなかったんです。

ぼくはそんな繋がり方を音楽業界の人としたことがなかったので、すごくうれしかったし、心地よくて、大好きな先輩でした。

周りの評判よりも自分で見たものを信じた

派手だしチャラチャラしてるし女好きだしお酒も好きだしあまり良くない評判も聞いていたし、ぼくは帰れるのに無理矢理一緒にカプセルホテルに泊まらされたり、飲み会では信じられないくらいいじられたけど。

少なくともぼくから見た先輩は、家族思いで、強がるけど本当は小さなことでくよくよしてて、後輩の面倒見がとってもよくて、心優しいあたたかい先輩。

なんにもうまくいかなくて腐っていた時代に、その人に会うのだけが楽しみだったし、自分が自分でいられる時間でした。

その人の想いも背負って

ぼくが「楽器を辞めて就職します」って報告をしたとき、「うまいんだからもったいないよ、もう1年一緒にがんばろうよ」と言ってくれた唯一の人。

就職を決意していたので返事ができないまま働きはじめてしばらく経ったころ、その先輩の訃報が届きました。

 

その人にお世話になったこと、返事ができなかったこと、どうしたってその人はこれから音楽を続けることができないこと。

仕事中に泣きながらいろいろ考えていたら勝手な使命感が湧いてきて(おれ、逃げてる場合じゃないわ。もう一回やる)と、その後すぐ「仕事辞めます」と上司に伝え、そこから今に至ります。

これから

もうその先輩に会うことはできないし、感謝の気持ちも伝えられない。でもぼくはその人がきっかけで今また音楽活動をしています。

楽器が上手いとか下手だとか、年齢とか環境とか、そういうこと全部越えて人として付き合うこと大切さを教えてもらった。そんなお兄ちゃんみたいな先輩がいたからこそ、今ぼくもぼくと出会う人にその大切さを伝えたい。

誰かが自分のことを無条件に受け入れてくれることって、大げさじゃなく生きる力になる。

それは多くの場合、家庭で経験していることだと思うんだけど、音楽でもそういう場があることで本当にがんばれる。勇気が出る。希望になる。

悩んで腐っていたときに現にぼくがそれで本当に救われました。

 

こんな大切なことを箱にしまってフタしてたんです。フタを開けて思い出してみたら今でもいろんな感情が押し寄せてきて泣けてくる。

自分がなぜ今こうして活動しているのか、なにを想ってなにを大切にして生きていくのか。ズシンと思い出しました。

 

人との関わりを心から大切にしていこう。先輩ありがとう。まだ会えないけど、いつかまた2人で、アホみたいにゲラゲラ笑いながらいろんなこと話しましょ。

 

 

 

それでは、また。






「いいね!」と感じたらシェアお願いします!

      \Twitterでフォロー!/
      

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ごんざ ゆういち

国立音楽大学卒業。ホルン奏者。講師。 自身が長い間、心身ともに不健康な状態で音楽と関わってきた経験から「健康的に音楽と関わる」をコンセプトに多方面で活動中。 現在アレクサンダー・テクニーク勉強中。