指示待ち人間を作り出すのは大人かもしれない。大人ができることはなんだろう

どうもごんざです。

ずっと指示待ち人間で、自分の頭で考えることができなくて、でもどうしたらいいかわからなくて。そんな時がぼくにもありました。
結構長い間ね。

そして今でこそ包容力お化けとかレッスンで言ってもらうこともありますが、学生の頃とか、大学生の頃のぼくのレッスンは本当にひどかったことも思い出しました。

その頃の生徒の怯えた目を思い出したんです。固まった体も。自分の言う通りにさせようとして、言う通りにしないと怒って、でも生徒に自発性がないとそれはそれでイラついて。

まじで最低でした。
指導力のなさを人のせいにして。

その頃から何年も経ってようやく思う。

大事なところで脱字・・。

全部、昔の自分。ツンツンして強がって弱い自分を守っているだけでもあるんだよね。
不機嫌巻き散らかす人って。
弱かったなあ。そして苦しかった。

 

だけど。
どんな理由が先生にあったとしても生徒に非はない。だからこそ、苦しむ生徒を見ると余計に悩む。

そんなとき自分にできることは。

なぐさめるでも何か答えを出してあげるわけでもなく。
悩み苦しむ人の横に立っていることなんじゃないかと思う。

レッスンはそういう気持ち。

いろんな種類のレッスンを今まで受けてきたこともあり、いろいろと自分自身悩んでいたこともあり、ひどいレッスンをしていたこともあり、そして今レッスンする側になり。レッスンも受けつつ。

考えることはまだまだ多いですが、ぼくが関わる人には指示待ち人間にはなってほしくないし、指示待ち人間には自分で表現でする楽しさを伝えたい。

 

まとまりなくなりましたが今日はこの辺で。

 

それではまたー!

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2 件のコメント

  • 新しい外部講師の先生をお招きした。1,2,3回。3回目は5月。まだ1年生の楽器が決まったばかりの時。3回目、優しかった講師の態度が急変した。「返事がない」「行動がのろい」「リーダーのテンションが低い。へらへらしている」次々にできていないところが見つかり、怒鳴られた。内容的には間違っていなかった。生徒は萎縮したのかますますできなくなっていった。昨日帰り際に3年生の生徒が涙をためて「講習がつらい。次の講習怖いです」といってきた。「私が普段から 『てめえコノヤロ』とか言っていれば、あなたたちも免疫ついていたかもね  」「言っていることは間違っていないのよ。君たちがあまりにもできていなかったから見ていてイライラしたのよ」「こういうことを5月にはっきり言ってもらえてよかったのよ」私がどう考えているかを話した。全国的にはきつい言葉を使う顧問も外部講師もたくさんいるし、むしろそちらの方が多いかもしれないですよね。ただ免疫のない部員達には刺激が強すぎたみたいです。はてさてどう持っていったらいいのやら?悩むところです。外部講師の立場からこういう事例にはどう考えますか?

    • コメントありがとうございます。ぼくは怒鳴られて教えられたことも、怒鳴って教えていたこともありますが、今は怒鳴らなくても伝える方法があると思っています。言ってることが正しければどんな言い方をしてもいいわけではありません。
      その講師を呼んで部活をどうしたいのでしょうか?また、講師が厳しければ顧問の先生が受け皿にならないとバランスも取れません。

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