【本稿について】
本稿は、金管楽器演奏において「声門操作」が音に与える影響について、演奏現場での観察と実践経験に基づきまとめたものです。
※執筆にあたっては、耳鼻咽喉科ボイスクリニック医師・二村吉継氏らの専門的助言を反映していますが、医学的診断や治療を意図するものではありません。
なお、本文で扱う「声門コントロール」は、発声を伴わない呼気制御技術を指します。
目次
Air S-Gate Methodのはじまり
はじまりは、生徒からの一通のメールでした。
ある日、私のもとに届いた生徒からのメールにはこう書かれていました。
———
「今日のテーマは『声帯』『声門』『声門下圧』です。」
添付されていたのは、3本のYouTube動画(声帯の構造に関する解説動画、声門下圧に関する動画、喉の下げ方に関する動画)と1本の学術論文。
メッセージにはこうありました。
論文によると、「上級者は楽器に関係なく、声門が狭くなっているそうです。(初級者・中級者は声門が開いたまま。)」
そこから、そもそも声帯ってどこ?声門って? どうやってコントロールするの?と疑問が生じ、諸々を理解した途端、すごい音が出ました!
・低音~高音 → 自由に行き来
・f~p → 自由に変化
・マウスピースのプレス → 減少
———
この問いと報告に強い興味を持った私は、論文を読み、YouTube動画を見て、自分でも試してみました。
すると、音色、スラーのなめらかさ、高音の吹きやすさに明らかな変化が現れたのです。
そこから声門操作への探求が始まりました。
20名以上の生徒にも試してもらい、多くの方に演奏改善が見られたため、私はこれを体系化し「Air S-Gate Method」と名付けました。
Air S-Gateとは?
Airには呼気、息、空気。
Sには、〈small(繊細な変化)、song(音楽性・表現とのつながり)、special(個人に応じた特別な調整)、sense(繊細な身体感覚の育成)〉という複数の意味を込めています。
Gateには、声門そのものという意味も込めていますが、プレイヤーにとっての「新たな音の入り口」という意味も込めました。
吹く直前に行う、声門の“仕込み”
Air S-Gateは、楽器演奏時の「声門の状態を整える」ための準備操作を指します。
• 声門の開閉具合
• 声帯の伸縮具合(張り具合)
これらを吹く前に意識的・半随意的に操作することで、息の質を整え、演奏の安定・音色改善・省エネ化を図る技術です。
※「声門コントロール」と表現していますが、これは発声や声帯振動を伴わない、純粋な呼気調整技術です。
用語の補足:声門の状態について
声門の開き具合を表す医学的な用語には、以下のような分類があります。
- 外転位:声帯が開いている状態(呼吸時など)
- 内転位:声帯が閉じている状態(発声時など)
- 半内転位:その中間
- 開大位/正中位/傍正中位:声帯の位置による詳細な分類
ただし、これらは非常に専門的で、演奏者が体感的に理解するにはやや難解な面があります。
そのため本稿では、完全に開いている状態を「開大位」、やや閉じて息の流れに抵抗が生じる状態を「半閉鎖位」とし、イメージしやすく効果的に使えるよう便宜的に表現しています。
※「半閉鎖位」という用語は医学的には用いられませんが、本稿では説明上の仮の呼称として使用します。
第1章|声門の開度調整で演奏の質が変わる
向井將氏の博士論文『吹奏中の声門動態』では、こう指摘されています。
「上級者は、無意識的または意識的に声門を狭く保っている傾向がある。」
つまり、
• 初級・中級者:声門が開き気味 → 息の密度が低下、音がぼやけやすい、そのための多くの息が必要
• 上級者:声門を狭く保っている → 息の密度が高まり、音がまとまる、息は比較的少なくてすむ
これは金管に限らず、木管、リコーダー奏者にも共通する現象だったそうです。
第2章前補足|声門と息のスピード:音高との関係
声門が広がった状態(開大位)では、息が多く流れすぎて制御が難しくなり、音の輪郭がぼやけやすくなります。
一方、声門を意図的に狭く保つことで、呼気は絞られ、スピードと密度が増すため、より安定した息流が得られます。
これにより、リップスラーや高音、音の立ち上がりなどの繊細な操作がしやすくなり、演奏が「整う」感覚が生まれます。
音高と声門の関係
・高音:振動数が高くなるほど、唇の振動を維持するために速い呼気が必要となります。これに対応するため、声門を狭くして息のスピードと密度を高める。
・低音:振動数が低くなると、必要な呼気速度は下がりますが、唇の振幅が大きくなるため、振動を維持するには十分な呼気の流量(ボリューム)が求められます。これに対応するため、声門を広くして呼気量を確保する。
※この関係は、水道ホースの先を指でつまんで水の出方を変える動作に似ています。ホースの口を狭めれば水は勢いよく遠くへ飛び(=高音)、広げればゆるやかだが大量に流れます(=低音)。演奏時の声門操作は、これと同様に息の流れをコントロールする「調整弁」として働きます。
演奏前に声門の開度を意識的に整えると、その後に行われる喉頭(声帯を含む発声中枢)の調整動作(例:声帯の伸縮)がスムーズに行いやすくなる――という再現的観察を得ています。
上級者はこの声門の調整を、無意識または半随意的に行っていると考えられます。
第2章|声門・声帯・声門下圧とは?
本メソッドでは、声帯振動を伴わない「非発声時の声門の半閉鎖位」に着目しています。
声帯(vocal folds)
左右に1本ずつ存在する構造で、発声時に振動します。
本メソッドでは、振動ではなく接近・離開(開閉)・伸縮という物理的特性に着目します。
声門(glottis)
声帯と声帯の間にできる隙間のこと。
この接近・離開(開閉)具合によって、息の通り方と圧力が変化します。
声門下圧(subglottic pressure)
声門のすぐ下にかかる空気圧のこと。
ここに適度な圧がかかることで、息の出方に“押し出す力”が生まれます。
第3章|声門を感じる2ステップ練習
※これから紹介するささやき声については、「声門が開いている」状態で、閉鎖感覚そのものを育てるわけではありません。
ただし、《誰でも再現しやすく、声帯操作を意識するための“入り口”》として非常に有効です。
そのため本メソッドでは、「声帯や声門を動かす感覚」を体験するための導入操作として位置づけています。
1. ささやき声
・声門:開いている
・声帯:振動しない
→息がすかすか通る感覚を確認
2. エッジボイス
・声門:閉じている
・声帯:ゆるんだ状態でギリギリ振動
→息に「詰まり」や「押し返し」を感じる
この順番で、喉の奥の動きと息の感覚を感じてください。
エッジボイスについて
※「エッジボイス」は、声帯を軽く閉じた状態で、筋緊張をゆるめたまま発声される音です。
声帯がたるんだ状態で、ゆっくりと断続的に開閉を繰り返すため、「パチパチ」「パラパラ」とした特徴的な音が生じます。
このような状態は、「声帯が強く接近しているのに、張っていない」という一見矛盾する特徴をもちますが、エッジボイス特有の声門操作です。声門の制御トレーニングにおいては、緊張させずに閉じる感覚を体得する入り口として有効です。
一方で、私自身の体感やレッスンでの観察からは、この発声を行うことで《“声門が閉じているように感じられる”感覚》を得る方が多く、その後の演奏時の呼気のまとまりや音色の変化に好影響が見られる場面が多く見られました。
もちろん、医学的定義とは一致しないことを踏まえたうえで、体感を手がかりとした練習法の一つとして、この発声を取り入れています。
なお、楽器演奏時の声門は、実際には完全に閉じているわけではありませんが、エッジボイスによって「狭くする感覚」を体験することができるため、本メソッドではこの発声を、演奏に必要な声門操作の感覚づくりの一環として位置づけています。
第4章|楽器での検証
声門の状態をそれぞれキープしたままロングトーンを吹いてみると、明らかに違いが出ます。吹きながら意識することでも音色の変化を感じることができます。
• ささやき声モード:音がまとまらず、ぼやけた印象の音
• エッジボイスモード:音が飛び、芯が出る
声門の影響は絶大です。
第5章|接近・離開(開閉)と伸縮はセットで働く
Air S-Gate Methodでは、
• 声門の接近・離開(開閉)制御
• 声帯の伸縮制御
この2つが一体となって働いています。
意図的にどちらか一方だけを操ることは難しく、半随意的にセットで育成することが実践的です。
声門の半閉鎖位と声帯の張力(伸縮)は、互いに影響しあう複合的な動作です。完全に分離してコントロールすることは難しく、あくまで感覚的な”セット動作”として育てるアプローチが有効です。
第6章|Air S-Gateを育てる練習法
実際の練習方法を紹介します。
リップロール+地声
唇をブルブル震わせながら、小さな声で発声。
自然な声門の半閉鎖位感覚を育てます。
リップロール+裏声
唇をブルブル震わせながら、裏声で発声。
声帯の伸縮感覚を育てます。
第7章|Air S-Gateが効いているか確認しよう
• リップスラーがスムーズになったか?
• 息が長持ちする?
• 高音が出しやすくなる?
• p(ピアノ)でも高音が安定する?
どれか一つでも変化を感じたら、Air S-Gateが機能している証拠になります。
おわりに|音を変える“身体の奥の声門の仕込み”
楽器演奏では、唇や息に意識が向きがちですが、その前段階に、《声門という “音を整えるための準備室” 》が存在しています。
そこを活かすことが、より自由な演奏への道を拓くのです。
補足:本稿の立ち位置
本稿メソッドは、演奏家による現場観察と実践に基づき、専門的知見の助言を受けつつまとめた試論です。
医学的エビデンスの確立は今後の課題ですが、現時点でも演奏における効果は、20名程度の観察範囲では高い再現性をもって確認されています。
また、金管奏者の声門が演奏中に《ある程度閉じた状態(内転位)》にあることを観察した研究(Guimarães & Abrahão, 2006)など、声門挙動に関する報告も一部存在しており、本稿の方向性と一定の親和性を持つものとして参考にしています。
Historical Note
実は1956年、ホルン奏者フィリップ・ファーカスも著書で声門の使用を示唆しています。
「我々の最高の奏者たちは、声門の開き具合を意識的に使っている。たとえ理論的に反対する人でも、無意識に使っているはずだ。」
(引用:Philip Farkas, The Art of French Horn Playing)
参考文献
• 向井 將(1989)
『吹奏中の声門動態 ─ 管楽器演奏時の音声機能に関する研究』
• Philip Farkas(1956)
The Art of French Horn Playing, Alfred Publishing
• Guimarães, I., & Abrahão, M.(2006)
Physiologic study of the glottis during phonation and inspiration Revista Brasileira de Otorrinolaringologia
ご注意
• 本稿は教育目的であり、医療行為や診断を意図するものではありません。
• 本メソッドは現場実践に基づく再現的知見を整理したものであり、個人差があります。
• 本メソッドの実践は各自の判断・責任で行ってください。痛みや違和感が生じた場合は直ちに中止し、医師または専門家にご相談ください。
Special Thanks
本メソッドの発端となる、問いと発見を共有してくださった綱島英一
あのときのメールがなければ、Air S-Gate Methodは生まれていませんでした。
謝辞
本稿の作成にあたり、二村耳鼻咽喉科ボイスクリニック 二村吉継先生より、記載内容について多くの専門的なご助言を賜りました。
特に、医学的に誤解の生じやすい表現や、演奏者視点との言語的なギャップに関して、丁寧なご指摘と的確なご提案をいただき、本稿の信頼性と表現の明瞭さを高める大きな助けとなりました。
本稿は、演奏教育の現場から得られた観察と実践知に基づく試論ではありますが、こうした専門的なご助言を賜ることで、その内容はより確かな方向性と意義を持つものとなりました。
この場を借りて、心より御礼申し上げます。
また、九州大学大学院 医学研究院 医療情報学分野 古橋寛子先生(日本演奏芸術医学会https://jpama.org 会員)には、構想初期の相談ならびに、二村吉継先生とのご縁を繋いでいただきました。
大変心強い後押しを頂けたことに感謝いたします。
著作権と知的財産に関する注記
© 2025 Gonza Yuichi
本資料に記載されている「Air S-Gate Method」および関連する理論・構成・表現は、権左勇一が2025年5月に独自に構築・発表した著作物です。
本内容は著作権法により保護されており、いかなる形式であれ無断での複製、改変、転載、配布、商用利用を禁じます。
引用・共有をご希望の場合は、出典の明記および事前のご連絡をお願いいたします。
内容の無断使用・転用が発覚した場合、法的措置を含む対応を行う可能性があります。
なお、本メソッドの利用により生じたいかなる損害についても、著者は一切の責任を負いません。
コメントを残す