プロフィール

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 権左 勇一(ごんざ ゆういち)

東京都国立市生まれ。現在東京都在住。
東大和市立第三中学校、都立片倉高等学校、国立音楽大学卒業。
尚美ミュージックカレッジ専門学校コンセルヴァトアール ディプロマ科中退。

近年の主な活動

就職を機に一度は休止していた音楽活動を2015年10月に再開。
それをきっかけに2016年4月より、新宿BODYCHANCEにてアレクサンダーテクニークを学び始める。

 

音楽活動再開をきっかけにTwitterやブログ、facebookなどのSNSを駆使しはじめ、個人で運営するブログ「GONLOG」は月間7万PV(2017年4月現在)。Twitterのフォロワー数は2600人を越える。

現在は演奏活動、個人レッスンや吹奏楽部でのレッスン活動のかたわら、ブログやTwitterなどを通して様々な活動を展開。

2017年より、SNSを起点とした出張レッスンを自身でオーガナイズし、全国各地で活動中。

 

2016年

ブログを始めて3ヶ月で、吹奏楽専門情報誌 Wind-i (2016年7月号)にて【新入生に尊敬される先輩になる!パート別レベルアップ術 意外と知らない基礎&知識】のホルンコーナーを担当し、見開き1ページで記事が掲載される。

京都の音楽スタジオ「スタジオラグ」より依頼を受け世界一難しい楽器、ホルンの魅力とは?を寄稿。

2016年8月27日放送、テレビ東京「おもしろ科学実験王決定戦」出演。

2016年11月11日公開映画「オケ老人!」ホルン指導及び出演。

 

 

CMレコーディングにホルン演奏で参加。「BEYOND 進化ヲ恐レルナ Galaxy | NTTドコモ | 主演 長瀬智也

 

2017年

1月13日〜15日
大阪での出張レッスン実施。自身でSNSを駆使し集客し、会場確保から移動、宿泊までオーガナイズしレッスンを行い好評を得る。大阪だけでなく神戸、京都からもレッスンに来てくださる方がいらっしゃいました。

1月23日
クラリネット奏者の吉田佐和子女史と「〜音楽家のための〜あなたの魅力発掘セミナー」を共催し、講師として登壇。

3月23日〜26日
初の長崎市内での出張レッスンを2泊3日で行い、その後大阪に移動し2度目の出張レッスンを同じく2泊3日で行う。大阪では前回に引き続き、兵庫、京都、奈良からレッスンに来てくださる方がいらっしゃいました。

4月3日
トランペット奏者木下淳平氏と高校生を対象に「自分に合った身体の使い方」ワークショップを開催。好評を得る。

5月20日〜21日
岩手県盛岡市での出張レッスンを予定しています。
5月20(土)、21日(日)と盛岡で出張レッスン実施のお知らせ

6月3日
第2回ワークショップ開催予定。
学生限定!第2回管楽器奏者のためのワークショップ開催のお知らせ

10月8日〜9日
8日
北海道は札幌にて出張レッスン予定。
* 場所:あけぼのアート&コミュニティーセンター 中ホール
* 札幌市中央区南11条西9丁目4-1
9日
* 場所:ジングルホール
* 札幌市北区北23条西7丁目3-18 ジングル本店 西隣

これまで

ホルンを、笠松長久(元・東京都交響楽団主席)、大野良雄(元・NHK交響楽団)、西條貴人(東京都交響楽団主席)、井手詩朗(元・新日本フィルハーモニー交響楽団主席)、阿部雅人(元・新日本フィルハーモニー交響楽団)の各氏に師事。フランク・ロイド氏によるマスタークラス受講。

サントリーホール主催デビューコンサート「レインボー21」出演。
オーケストラ、吹奏楽、室内楽、オペラ、CMレコーディングなど幅広く活動。

後進の指導に精力的に携わり、小学校から大学、一般団体と、これまで30団体以上の指導に携わり、全国各地で講習会の講師も務める。個人レッスンも行っており、今までに延べ500人以上にホルンを指導。

文化庁主催「次世代を担う子どもの文化芸術体験事業」に参加。

何年かフリーランスとして活動した後、音楽業から離れ一年ほど飲食業界に就職。ビストロで働き一瞬ソムリエを目指す。ビストロで働いていた時期は、店で毎月開催されるワイン会に参加し、素晴らしいワインを複数経験。

その後、あるきっかけで仕事を辞め音楽業界に復帰。
アレクサンダーテクニークを学び始め現在にいたる。

現在

現在、アレクサンダーテクニーク教師資格取得を目指し勉強中。
BODY CHANCE 音楽専門プロコースに在籍。(2017年4月〜8月休学中)

使用楽器:Alexander103MBL
使用マウスピース:Stork Francis Orval Model 06

O型獅子座で動物占いはペガサス。
趣味は読書と料理、人間観察
読書は伊坂幸太郎、池井戸潤、本田誉也、大沢在昌あたりを好んで読むが、基本的には活字中毒。

最近興味のあることは、エクストリームアイロニングとマクロビオティック。

 

 

音楽歴

中学校時代、吹奏楽部の体験入部に行くと、先輩にトロンボーンを渡され、吹いてみたらメリーさんの羊が吹け、ほめられて嬉しくて、そのまま吹奏楽部に入る。
 
入部の際のオーディションで第三希望のホルンになる。第一希望はサックス。
 
 
なんとなく入部した吹奏楽部でしたが、何度も全国大会に出場しているような部活。
 
部活に入ってからは毎日練習はあるものの、先輩達はコンクールの練習ばかりしていて、一年生はほぼ個人練習。
 
特に愛着もなかったホルンを渡され毎日何をしていたかと言うと、さぼりまくってました。
 
そのせいか中学一年生の冬になっても、五線の中のド(F)もでないくらいだったのをよく覚えています。めっちゃ下手だった。
まあそりゃそうですよね。

 中学二年生

コンクールはお休みの年。一年間、ホルジンガー作曲の「春になって王たちが戦いにでるにおよんで」をやってました。よくあの曲選曲したよなあ、と思うほどの難曲。
 
 

中学三年生

全国大会三年連続出場で1年お休みした後のコンクール。周囲の期待をよそに予選敗退。

コンクール前日、課題曲の一部をぼくがあまりに吹けないので、「本番はそこ吹くな」とみんなの前で言われたショックは今でも覚えています。
 
当時は効果的な練習方法も、不調に対する解決方法もわからなかった。
ただただ、気合い、根性。
 
怒られては萎縮し、へこみはするけど、改善もできず。高い音も出ないし、力みまくって吹いていて、バテてすぐ音が出なくなる。
 
中学を卒業する頃でも、上のCがぎりぎりでるかどうかという感じで、音楽を楽しむ、ホルンを奏でる上での喜びなんて、とても感じられなかった時代でした。
 

高校時代

通っていた部活は、演奏会当日の動きやステージのセッティンなど、裏方の仕事も生徒だけで考え行動していたので、演奏以外の面でもたくさんのことを学びました。
 
 
多くの本番があり、マーチングにも取り組み忙しい日々。 授業の合間の休み時間にも皆で集まって打ち合わせ。毎日矢のように過ぎていったけど、音楽漬け、というわけではなかった。 
 
 
楽器を吹く事以外にもやることは山積みだったし、合奏では音程を合わせる事、演奏の縦、横を合わせる事、そういった事に終始していた。
 
 
厳しい練習が続き、苦しい日々。
合奏ではうまく吹けなければ他の人が代わりに吹く、そういった事が繰り返されていて、そこには一人一人の音楽、そんなものは存在していなかった。
ただただ全員がパズルのように当てはめられていくような毎日。
 
 
音楽ってなんだろう。
音楽をする喜びってなんだろう。
わかりませんでした。
考える余裕もなかった。
 
 
全国大会を目指して練習する日々でしたが、音楽を奏でるというものとは程遠い毎日。
思うように練習できない事も多くあり、満足に楽器も吹けなかった。
 
何もかもが中途半端で、本当に自分が嫌だった。部長も任されていたけど、携帯電話に着信があっても電話に出れなくなったりと精神的に疲れてしまい、心療内科にも行きました。
 
「鬱病の一歩手前ですね」とあっさり先生に言われ。
随分危険な状態だったように今では思いますが、それでも辞めるという事は考えられませんでした。
 
三年間のうちにたくさんの仲間が辞めていったけど、精神的な余裕もなく、仲間を引き止める事も、相談にのってあげることもできなかった。自分の事で精一杯。そんなぎりぎりの状態で迎えた三年の夏。
 
 
コンクール都大会。
全国大会出場には後一歩のところで届かず。
 
その後はしばらく抜け殻のように過ごしていたけど、進路についてここでやっと考え始めました。高校3年生の10月。
 
 
なんとなく「音大に進学しよう」と思い、顧問の先生にホルンの先生を紹介してもらった。
 
 最初のレッスンで5分も経たずに、新しいマウスピースを手渡され、吹いてみたらこれがまた吹きやすく、一緒にいた顧問の先生が「このマウスピースでコンクールに出ていてくれれば。。」と頭を抱えてました。マウスピース大事。
 
 
 
受験勉強のスタートが遅かったこともあり、先生には「一年浪人して芸大を受けよう」と言われ、言われるがまま、そういうものなのかな、と思っていました。一時期習っていたピアノも再開し、楽典を習い始めた。
 
翌年二月、練習のつもりで受けた音大の受験、合格してしまって。当時習っていた先生に「どこに入っても結局は自分次第だぞ」と言われ、実家からも近かったので進学する事に。
 
 
 
 
ここから先の話はいつかまた、追記します。