フリーランスで生きていく。
それにはなんでもできなきゃいけない。

その思いがあったので、去年から何にでも挑戦してきました。

どれもこれも勉強になったし、やっぱやってみなきゃわからないことだらけでした。でもどれもこれもを使いこなせるわけではありませんでした。

ただ、たくさんのことをやっていく中で、自分には何ができて何ができないか、だんだんとわかってきました。

権左勇一の今後のレッスン形態についてお話しします。

様々なレッスン形態がありますが、ぼくは今後個人レッスンに特化します。

個人レッスンに特化することへの思い

グループレッスン、講習会講師、セクションレッスン、合奏レッスン等、大人数のレッスンを、今引き受けているお仕事や決まっている仕事以降、今後は引き受けないことに決めました。

いろいろな仕事を経験していく中で

これまではどんな仕事でもお引き受けし挑戦していましたが、大勢でのレッスンでは自分の力を発揮できないと感じていました。自分でなくてもできることしかできませんでした。

大人数では注意力散漫でクオリティも下がってしまうことがツラかったのですが、個人レッスンではそうではありませんでした。

個人レッスンでは観察力、洞察力、共感力をその人のためだけに使い、向き合い、寄り添い、自分の経験も踏まえて安心できる空間を提供できる、そう思うのです。

演奏面以外にも踏み込むレッスン

ごんざのレッスンは他と比べて少し特殊かもしれません。実際「歯医者さんみたいですね」とか「カウンセリングみたいですね」と言われることもあります。

演奏面だけを提案するレッスンではありません。メンタル面やフィジカル面にも踏み込んでレッスンをします。

レッスンを受けにきた方は、これまでの経験があって今のその人になっています。ということはこれまでどんな経験をしてきたか、どんな言葉をかけられてきたか、どんな環境で音楽をしてきたか、すべてが関係してきます。

 

ぼく自身、中高と強豪吹奏楽部に所属していたものの、そのせいもあって様々な面で壁にぶち当たり苦しみ続け、うっかり入った音大では挫折し、フリーランスになってからも苦しみの末、ついには一度音楽を捨てました。

そこから今またこうして音楽と共に生きているので、悩んでいる方や楽器がうまく吹けない方、自分に自信を失っている方など、そういう人の気持ちが痛いほどわかります。

できない人の気持ちは、誰にでもわかることではありません。

だからこそ「個人レッスン」という本当に安全な場所でレッスンをしたいのです。

個人レッスンに特化することでの弊害

「人に見せれないレッスンをしているのか」
「だましているんじゃないか」

いつかそんなことを言う人も出てくるかもしれません。人に見せれるようなものじゃないから、とか見られては困るから、とかそんな理由で個人レッスンのみにしたわけではないのです。

ヒアリングの時点でぼくのレッスンでは力不足と感じた場合には、他の人を紹介しています。今後ヒアリングの時点でレッスン自体をお断りすることもあるかと思います。

個人レッスンに特化することは、本気で向き合いたいからこその選択です。

おわりに

仕事の面だけで言えば来た仕事すべてを引き受けた方がいいです。この選択がぼくのこれからの仕事にどう影響していくか、今の時点では想像がつきません。

それでも。これがぼくのやりたいことだし、力を発揮できる環境だと信じています。

 

いろんな可能性が残るものを手放すことは難しい選択でしたが、できることを丁寧に深く。そう生きていこうと思っています。

 

 

 

それでは、また。

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ABOUTこの記事をかいた人

ごんざ ゆういち

国立音楽大学卒業。ホルン奏者。管楽器コーチ。 自身が長い間、心身ともに不健康な状態で音楽と関わってきた経験から「健康的に音楽しよう」をコンセプトに多方面で活動中。