吹奏楽コンクールの時期になると、いろんな学校に教えに行くと楽譜に「金賞!」とか、音楽室に「絶対金賞!」とか書いてあるのを見かけます。

先生も生徒に「そんなんじゃ金賞とれないぞ」って言ってる。

そういうの見かけるたびにもやもやもや。
それが目標でがんばれるいいのかもしれない。でも、ぼくはそういう部活にいたからこそ、金賞目指してがんばるってちょっと違うと思う。

 

金賞をとる!が先にこないでほしいんです。

「金賞を取る」が最優先の目標にならないでほしい

吹奏楽コンクールは人が審査するもの。何をどうすれば金賞を取れる、というものはないよね。周りの学校の演奏でも変わってきます。

 

それなのに「金賞を取る」って目標は何かずれているように感じるのです。

金賞取れる演奏するぞ!になると

経験上、賞を目標に練習しだすとこうなることが多い。

  • 音程は合っていないといけない
  • 音は間違えちゃいけない
  • 縦は合わせないといけない
  • タテもヨコもぴったりそろわないといけない

これらばかりに気がいくと、機械的になっていき実は「いい演奏、いい音楽」からどんどん遠ざかっていくんです。そうなればなるほど、上手な演奏でも聴いてる人には届かない音楽になります。

機械的な音楽で音程や音にミスがなければいい音楽なんだとしたら、ゆくゆくは音楽も機械化していくでしょう。

でもそうじゃないですよね。

 

その日その時その場所で、そのメンバーでしかできないものがある。

みんなが持っている色が混ざり合ってうねりになって会場を包み込む。

それが音楽じゃないかと思うんです。

 

気持ちのこもった演奏をお客さんに届ける、とか、お客さんと会場、自分たち、一体になって音楽をする。

こういう目標がいいな。

いい演奏をしたごほうびに金賞がある、それくらいの気持ちでいてほしい。

本番までの過程を大切に

吹奏楽コンクールは、大編成の部に出演するのであれば、本番の12分のために何日も何時間もかけて練習する。

個人で練習したり、パートで練習、セクションで練習したり。どんな曲に仕上げていくかみんなで考えて。

景色、温度、物語。

ひとつひとつ積み上げていく。

 

その先に何が見えてくるか。

そのときの仲間たちでしか見れない景色。

 

 

こんなに1曲ないし2曲も突き詰めてみんなで演奏するってことは吹奏楽コンクール以外ではないこと。記憶にも残る。例え結果がついてこなくても、その後何年経っても当時の仲間たちとはその当時の話ができるくらい。

だからこそ余計に本番に行き着くまでの過程を大切にしてほしいのです。

音楽の先に金賞がある分にはいい

光

みんなが心を込めて演奏して。

その演奏がお客さんに届いて、その結果が金賞だったら。

こんなに嬉しいことはないよね。そのときは思いっきり喜べばいい。飛び上がればいい。抱き合って大泣きすればいい。

 

ただ、順番を間違えないでほしいんです。

演奏が先、音楽が先。賞はそのあと。

おわりに

何を目標にしてコンクールに取り組むかで意味合いって違ってくるものです。

賞を目指すのは目標としては設定しやすいけど、特に学生の時は結果より過程が大切だと思います。

 

 

 

 

それではまた。

Twitterでごんざを  

2 件のコメント

    • 実は今日がコンクール本番です。緊張でビリビリしていた中、これを読ませていただき、少し緊張がほぐれた気がします。私が所属する吹奏楽部は、今年顧問が変わりました。去年は惜しい思いをしたので、今年こそは!と練習していたのですが、今日は去年悔し涙をながした先輩、他校に行っても応援してくださる元顧問に想いが伝わるように吹いてきたいと思います。そして、たくさんの皆さんに感動が与えられるような音楽を響かせてきたいと思います。ありがとうございました。

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