以前オーケストラに所属している方と話をしていて、

「オケに入ってから昔ほどソロが吹けなくなった」

そんな話を聞いたことがあります。

 

ある時また別の人と話をしていて、

「最近室内楽ばかりやってて、久々にオケで演奏したら音量が思うように出なくてさ」

こんな話も聞きました。この時は(そういうものなのかなあ)くらいで聞き流していました。

 

それからしばらくして、この2つの話とぼくの中の知識や経験が結びつき、気づいたことがあります。

それは、
自分がいる環境によって、自分の持つ能力とは別のところで、演奏上苦手になってしまう部分が発生するのではないか、そして環境によって思考の矢印も変わるんじゃないか、ということです。

自分自身の話

ぼくは中高時代、吹奏楽一色でした。ホルンソロの曲を演奏したりホルンのために書かれた練習曲などは、受験時期以外ほとんど取り組みませんでした。

その後音大に進学してソロ曲や細かい音の多い曲に取り組むようになりましたが、全然思うように吹けませんでした。その吹けない理由を、取り組み始める時期が遅かったから苦手なのは仕方ない、としていたんです。

でも今になって思うのですが、吹奏楽で求められるホルンの役割と、ホルン奏者として備えておきたい個人的能力は、なかなかイコールにはなりにくいです。

 

吹奏楽でホルンセクションに求められる演奏は、ブラスセクションの中でも負けない音量や豊かな響きであったり、伴奏としてバンドを支える役割であったりすることが多いです。

そうなるとホルン吹きとしては、小さい音よりは大きな音、細かなパッセージを吹くことより、豊かな音で長い音符を吹くことが多くなります。

吹奏楽でホルンを吹く機会が多いと、多くの人が自然とアパチュア(息の出口)が大きくなり、口の中の形もそれに合わせて広くなり、場合によっては歯と歯の隙間が広くなることもあるのではないかと思います。その方が吹奏楽の中で求められている役割にはまりやすいから。少なくともぼくはそうでした。

 

こういう状態が続けば、その状態が普段の吹き方になります。

その吹き方でソロ曲や細かいパッセージのある曲に取り組むとどうなるでしょうか。

大編成用の大きなアパチュアや口の中の形で吹くそれらは、ボソボソとした発音になりがちで、タンギングも強めに、息もたくさん使って疲れる割に、重たく感じる演奏になってしまいがちです。(上記の「吹奏楽」を「オーケストラ」に置き換えても同じことが言えるかもしれません)

あるチューバ奏者との話

話は変わってあるとき、音大を出てプロとして活躍しているチューバ奏者が、ぽろっとこんなことをつぶやいていました。

「学生の頃に比べると全然ソロが吹けなくなっちゃったんですよね」

これも先ほどの話と同じなんじゃないか。そう思いました。

学生の頃は時間がたっぷりありますし、試験やオーディションといった機会も多いので、細かな音符の多いエチュードや、ソロ曲を演奏する時間はたくさんあります。

ですが卒業して仕事を始めると、ソロを吹く機会に比べて吹奏楽やオーケストラの仕事が必然的に多くなります。

吹奏楽やオーケストラでチューバが任される役割というのは、ソロ曲で求められる機動力よりも、どっしりとした存在感。長い音符であったり音量を求められます。そうすると先ほど書きましたが、

多くの人が自然とアパチュア(息の出口)が少し大きめになり、機動力の高い演奏をする際の口の形とは変わり、歯と歯の隙間が広くなったりしてしまうのではないかと思います。

ホルンだけでなく、チューバにも同じことが当てはまる可能性があることを知りました。

思考の矢印

大きな編成と小さな編成(ソロ)。聴こえてくる音も違えば考えることも違います。編成が大きくなるほど、外に向かって矢印が必要になるんじゃないかと思いました。その思考の矢印によって吹き方が変わってきます。

大編成

指揮者を見る
全体の音を聴く
音楽の流れを感じる
その中でどれくらいの音量で吹く予想する
周りとそろえる

こんなところでしょうか。これらが思考の外向きの矢印です。

もちろん曲中でソロがあったりすれば別ですが、大編成の中では「自分はこう吹きたい」といった思いよりも、大きな編成の中でどう立ち振る舞うか、の方が重要な場合が多いです。この場合、自然と思考の矢印は外側を向くことが多くなります。

そうなると内側に向く思考の矢印が減って大編成用の吹き方になってしまうのかな、と考えたら今までの自分の演奏にすごく納得がいきました。

小編成またはソロ

指揮者はいない(テンポは自分で)
流れは自分でつくる
音量も自分が基準
どう吹きたいかが1番重要

見比べると結構違いますね。
自分がどう吹くか、どう吹きたいか、どう吹いているか。
すべての基準は自分があってこそなので、思考の矢印は自然と内側に向くことが多くなります。

まとめ

大編成での経験が個人の技量を高める経験を上回ると、

たっぷりとしたフレーズを吹いたり、音量を出すことに関しては優れるが、その分機動力が落ち、広い音域を行き来する柔軟性や小さな音を出すシビアさが損なわれやすい。思考の矢印も外ばかりを向きがちなので演奏に対する繊細さが減る。

 

個人の技量を高める経験が大編成での経験を上回ると、

機動力高く、広い音域を行き来することや小さな音、細かやかなパッセージを用いた様々な曲を吹きやすくなるが、大編成で求められる大きな音量や、豊かな響きを持った音色での演奏は不足しがちになる。自分の基準が大切になるので、自然と思考の矢印は内側になる。

 

この2通りに分けられるのではないかと思います。もちろん上記に該当せず、柔軟な思考の矢印を待ち、機動力高くダイナミクスレンジも自由自在な奏者も多いことと思います。

でもぼくも含めて多くの人は最初からそうではないと思うので、まずは自分のいる環境を知り、今どんな状況か把握し、これから奏者としてどうしていくかを考えていくことが必要なんじゃないか、と感じています。

どうしていくといいのか

自分の今いる環境と自分のやりたいことがマッチしていれば心配はいりません。

ですが、自分の今いる環境で求められていることと、奏者として能力を高めていく場合に必要なことがイコールではない場合も多いと思います。その上思考の矢印はどちらを向いていれば正解、というのもありません。

仮に今居る環境での自分となりたい自分がマッチしていない場合に、自分の奏者としての能力を高めていくために必要なのは、

バランスのいい練習です。

 

大きな編成で演奏する機会が多い人は、ホルンなら例えばコプラッシュの中の、難しくはなくとも機動力の求められる曲に時間がある時に取り組むようにしてみる。機動力を高めるには繊細さも必要になりますから、思考の矢印は内側を向いてくるはずです。

小さな編成やソロを演奏する機会が多い人は、音数が少なく、息の長い曲や、ダイナミクスの幅が求められる曲に取り組んでみる。大編成の演奏をCDなどで流しながら演奏してみる。聴こえてくる音が増える大編成の中で演奏するときは思考の矢印は外を向かないと、ひとりよがりの演奏になりがち。

 

小さなことからでいいと思います。もちろんそのために様々な基礎練習のメニューを考案したり、今ある有益と思われる練習に取り組むのもありです。

その際思考の矢印に関しても考えてみると、役立つことがあるはずです。

おわりに

どの楽器にも当てはまることではないと思います。ホルンセクションでさえも、日常的に機動力の高さも求められている1stホルンは当てはまらないかもしれません。曲やジャンルによっても違うでしょう。

ですが、昔は吹けたのに今は吹けなくなっちゃったな、とか、どうもソロ曲や細かなパッセージが苦手なんだよな、と思っている人には何か参考になるかもしれません。

ぼくの場合は、大編成用の吹き方で長いこと過ごしてきてしまったんだ、とようやく気づく事ができました。どんな場面でもアパチュアが最適なサイズよりいつも大きく、思考の矢印も外側向いてばっかりでした。すごくバランスの悪い練習と考え方だったんです。そりゃ1ホルン奏者としての能力は上がりにくいですよね。

 

ただなんとなく不調を感じてるよりも、こうして考えると見えてくるものがありますよね。原因が自分の中ではっきりすれば対策も考えられるんじゃないか、と思うとぼくは希望が湧いてきました。

 

 

 

それではまた。

 

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