どうも、ごんざ(@Gonja_19)です。 

 

誰かと練習していて音を間違えた時、合奏で音を間違えたとき、つい「すみません」や「ごめんなさい」って言ってませんか?

もし言ってたら、それやめませんか。

あやまる意味は何かあるんでしょうか? 
ないですよね。

いや、あやまりたくなる気持ちはすごい分かります。以前ぼくもたくさんあやまってました。

でもそれって必要?間違えたらあやまるのが礼儀?そんなわけない。

本当はあやまることなんてないんです。

音を間違えてなぜあやまるの?

  • 怒られる
  • 合奏で「誰だ!」って言われる
  • 合奏が止まる
  • 間違えたらあやまれって言われている
  • 何かわかんないけどあやまりたくなる
  • あやまることで先手を打ってる
  • 間違えたらあやまることが礼儀だと思ってる

 

いろいろありますよね。理由は。

音をはずしてすみません。

音程が合わなくてごめんなさい。

 

それって一体誰にあやまってるの?

 

あやまることで「そこまで言われちゃあしょうがねえ!」って思う人いるのかな。
試しに周りの友達にも聞いてみてよ。
音間違えたらあやまってほしいって思ってる人、ひとりもいないから。

 

あやまると次はうまくいくようになる?
そんな効果もないよね。

 

 あやまって凹んで「あー、だめだなあ」って思う暇があったら、どうやったらよくなるか考えたほうがよっぽど建設的だし、健康的!  

それにレッスンで先生は、音をはずすかはずさないかを聞いているわけじゃない。
着目するとしたら「なぜはずしてしまうのか」。原因を考えていくのが先生の仕事。

はずしたくて音をはずす人はいないし、はずしたことなんて自分が一番分かってる。自分が一番に「ちぇ」って思ってる。

あやまりつづけて言われたこと

と、えらそうなことを言ってますが、ぼくにもあやまり続けてきた過去があります。そして「あやまるのはもうやめよう」と思う出来事もあったんです。

何かとあやまりグセがついていた時期。

あるとき尊敬している先輩に言われたんです。  

 

「すぐあやまるよね、あやまればいいと思ってるの?」

 

「周りはみんな分かってる。あやまったところで何にもならない。あやまることで自分の身を守ってるつもりかもしれないけど、意味ないよ。

その場ではぐっとこらえて、持って帰るんだ。そして悔しさを胸に練習するんだよ」

 
返す言葉もありませんでした。

それからはこの教えを守っています。
その強さがほしくて。

自分の演奏について意味もなくあやまる事をやめました。

あやまることをやめてから

しばらくはあやまりたくなります。

そして「気軽に言ってたなー」って気付くんです。

何かあったらとりあえずあやまってた。へらへらしながら。

それをやめると感じる何かあったときにあやまれない苦しさ。
悔しさを持って帰る苦しさ。

 

あやまることをやめて得たもの

あやまることをやめてよかったと思うことが3つあります。

 

自分を大切にするようになる

言葉にするのが難しいんですが、自分の安売りをしなくなります。
無駄に自分を下にみなくなる。
あやまることで「自分はだめなやつ」って自分で思っちゃってたのかな。

責任感が芽生える

自分のだす音に一層責任を持つようになる。
しっかりせにゃならん、と。強くなる。 あやまるのは簡単。でもそこであやまらない意味、覚悟。 

 

切り替えが早くなる

あやまることをやめたことで選択肢が一つ減る。振り返ったり後悔するのはあとでもできる。音楽は常に進んでいる。待ってくれない。

「今どうするか」を常に選択しながら進むしかない。

素早く気持ちを切り替えることができるようになります。

 

まとめ

どんなときでもあやまることをやめよう、と言っているわけではないんです。

脊髄反射で「ごめんなさい」「すみません」と言うのをやめよう、って話。

「ここはあやまろう」と選んであやまる分には何も問題ない。

 

反射的にあやまってたな、って思った人は、三回あやまっているうちの一回でもグッとこらえてみて。

それが第一歩。

それだけで気持ちが変わってきます。     

 

 

 

それではまたー!

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