コンクールで評価されるためだけのレッスンから抜け出したきっかけ

今でこそレッスンで演奏者の「こうしたい!」という思いを聞いて、その思いを大事にしていきたいなあと思っているけど、以前のぼくはそうは思っていませんでした。

実は考えが変わるきっかけがあったんです。

レッスンを始めたばかりの頃

レッスンでは曲を演奏するならタテ(出だし)、横(テンポ)、音程がぴっちり正確に合わなきゃ話にならないし、吹奏楽コンクール目前の練習ともなれば、どうやったらその3つの精度が上がるか、そればっかり考えていました。

その場で演奏が良くなること、だけをみていたんです。

これは自分が高校時代に散々やらされて嫌だったこと。でも、いつしかそのまま同じ方法で子供たちに教えていました。
いかに嫌な練習を楽しくやるか、と考えてはいたけど結局やり方は一緒。

自分がそれしか知らなかったのだから、そのやり方でしか教えられなかったのは、仕方ないと言えば仕方なかったとは思います。

 

実際、当時の指導方法は一定の効果はあって。
音はまとまるし、整った演奏にはなる。
でも、長続きしない。その場だけ。

 

そりゃそうです、やらされてるんだから。

 

わかっているのにその練習方法を続け、しまいには生徒の文句も言ってた。でもあるときそんな凝り固まった「こうじゃなきゃだめだ」が打ち壊される出来事がありました。

考えが変わるきっかけ

何年か講師としてレッスンに行っていた高校ではじめて合奏を見学したときに、衝撃的なことがありました。

基礎合奏をやらない学校だったんです。

まったくやらないわけではないのだけれど、自分が高校時代嫌というほど時間をかけた、チューニング、縦、横、そういったものに重きはおいていませんでした。

では、そこの学校は下手だったのか、聞くにたえない演奏だったか、と言われればそんなことはなくて。

 

むしろ、みんなのびのびと吹いていて、響きのある素敵なサウンド。

 

少しバランスが崩れたりばらつくところはあったけど、それでも自分たちで吹きたいように吹いてる彼らは活き活きとしていて、楽しそう。

楽しそう、というのが何より印象的で、実際そこの生徒たちはみんな元気で笑顔が多かった。

あー、音楽する上で1番大事なことはこれじゃん。
こういうやり方だってあるんじゃん。

 

ガチガチのコンクール勝ちにいくスタイルしか知らなかった自分は、そこで一気に目が醒めました。

コンクールで評価されるいい演奏をする

吹奏楽コンクールでいい賞を取りたい。

この思いが優先され始めると、本来あるべき姿から少しずつ離れていきます。

 

音程を合わせなきゃいけない。

縦を合わせなきゃいけない。

バランスを合わせなきゃいけない。

音をはずしちゃいけない。

 

実際、吹奏楽コンクールという場面では分かりやすい分、審査の基準になります。

でも自分はそれが嫌だった。
嫌でたまらなかった。
パズルの1ピースとしか見られていない事が苦痛だった。
楽器の楽しさなんて微塵も考えられず、ただ言われたことをやっていただけだった。
部活が嫌いになった。
音楽も好きじゃなかった。

自分自身が嫌いになった。

それを生徒にも同じようにやらせていた自分にはっきりと気が付いた。そうじゃないじゃん。それじゃ同じ思いさせるだけじゃん。

そこから考え方が少しずつ変わっていきました。

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奏でたい音をだし、やりたい音楽を演奏する

「こうしたい」という望みが先にあるだけで、同じ練習でも意味はまったく変わってきます。

 

こういう音楽がしたい
こんな音色で吹きたい
ここはこんな風に吹きたい
聞いてくれる人に気持ちを伝えたい

 

そのために何ができるか。何が必要か。
伝えたいものがあって、それをより伝えるために手段として音程の話がでたり、縦横バランスの話がでたりするのはとってもいいことだと思います。少なくとも最初からチューナーに頼りきったり、メトロノームに従順にテンポを合わせるっていうとは別次元の話です。

 

技術的なことは後からでも取り返せるけど、みんなが持っている「こうしたい」「こう吹きたい」という望みは、置いておくとどんどんホコリをかぶって忘れ去られていくものです。

 

その望みを見つける手伝い、それがぼくのやりたいこと。

おわりに

今ではレッスンにいけば、

「今日は何をしようか」
どんなことがしたい?」

と話を聞いて進めていく、というやり方に自然となりました。

吹くたびに「どう思った?」「どうしたい?」と話をする。コミニュケーションをとりながら時間は進んでいきます。

これまではレッスンは先生が生徒を教えるもの、と思ってた。
でもそれは違った。

 

やらせる、ではなく、提案する。
やりたくなかったら、相手はやらなくたっていい。

「こんな方法があるよ」
「これはどう?」

少しでも変化があれば手放しで喜びたい。いつも前向きで楽しい時間を過ごしたい。

そっちの方がずっといい。

 

 

それではまた。

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